英語学習のYOUTUBERとして有名なバイリンガールちかさんは、なぜ差別的だと言われるのだろうか。
ちかさんの言ったことばのいくつかを抜粋してここに掲載するのは、たぶん彼女にとってフェアではないので、控えようと思う。それに、その動画は今からもう数年前のものなので、きっと彼女の考え方だって変わっているかもしれない。けれどもやっぱり少しは引用しなければいけないだろうと思うから、この文章を読む前にまず問題のちかさんの動画を視聴することをおすすめします。
ちかさんは表面上は差別とは真逆のことを言っているように見えるので、ここでの彼女に対する指摘はなんだか重箱の隅をつつくような、いじわるな表現に思えるかもしれない。
要約すると、ちかさんは、日本人がなぜ英語が喋れないか、ということを彼女の経験などから話している。そして、アジア人(ちかさんはここでは日本人以外のアジア人のことを指しています)についても話している。日本人以外のアジア人は、英語の発音は完璧ではないけれど、でも彼らは発音など気にせず英語を「自分のものにしている」ので、堂々と話すことができる。一方で日本人は完璧な英語を話そうとするので、いつまでたっても堂々と英語を話すことができない、というもの。
この要約を書くだけで、ぼくは自分が差別主義者になってような気がして筆が震える(失礼、Macbookのキーボードが震える、そもそも筆が震えるという慣用句などあっただろうか)のだけど、どうにか最後まで書こうと思う。
ちかさんの主張は、一見すると、アメリカやイギリスの発音だけが正解じゃなくて、アジアの様々な英語話者の話す発音のすべてが正解であって、英語の発音の多様性を認めていこう、という、いかにも21世紀的多様性のグラデーションを認めていくような主張(もしそうだとしたら素晴らしい!)に見えなくもない。
しかしながら言語表現っていうものはおもしろくて、そのメッセージだけを切り取ってもなかなか伝わることはない。誰が、誰に対して、どのような文脈で、どのような言語で(たとえば関西弁で、とか、不良のような喋り方で、とか)、どのような方法で(チャットで、とか、面と向かって、とか)、そういうものが言葉の意味を変えてしまう。
だから特に、誰がそれを言ったのか、誰に対して言ったのか、ということが、言葉の表現上の問題よりも重要になってくることがある。
一応、ちかさんについて簡単に書いておくと、
彼女は日本人で、小学校一年生の頃にアメリカのシアトルに家族で引っ越している。そのネイティヴな英語力を活かして「バイリンガール(バイリンガル+ガール)」を自称して2011年から英会話学習の動画をYouTubeに投稿している。2020年10月現在、チャンネル登録者数154万人。(チャンネル名「バイリンガール英会話」)
私たちが物事をステレオタイプに表現するとき、それを自分たちに対して表現するには許されるが、第三者に対して表現するときには気をつけないといけない。「私たち日本人は自己主張が苦手だから」と表現することは構わないが、「彼ら中国人は〇〇だから」と表現するときには気をつけないといけない。なぜなら、ステレオタイプな表現というものは、物事をわかりやすくコンパクトに伝えてくれるとても便利な技術であると同時に、世界中にいる本当に信じられないくらい多様なグラデーションをもって存在するそのほとんどの可能性を切り捨ててしまうからだ。
だから、ちかさんが、この世にはたくさんの英語があって、たくさんの発音がある、アメリカ英語やイギリス英語だけが正解じゃない、英語の発音の多様性を認めていきましょう、という素晴らしい思いを語るときに、それが誰を指しているのか、そしてそれを語るのは誰か、というのがすごく大事なのだ。
ちかさんが「アジアのかた」というとき、それは誰のことを指しているのだろうか。かつてイギリスの植民地で、かつ現在でも公用語の一つが英語であるマレーシアやシンガポール、インドやパキスタンや香港の人々のことなのか。それとも日本のように英語が公用語ではない国、たとえば韓国や台湾、ビルマ、ブータン、バングラデッシュなどのことだろうか。
ちかさんが「私たち日本人」という時の私たち、というのは誰のことなのか、英語が苦手だとされているステレオタイプな日本人のことなのか。それともちかさんのように帰国子女で、おそらくアメリカ的な英語を自由に喋ることができるような日本人のことなのか。
ちかさんが、インド人が英語は「これさえ喋れれば良い」と思っていると表現する際に、彼女はインド英語はアメリカ英語より劣るものだということを暗に示している。彼女がインド人が英語を喋る際に「ハードルを下げている」と言うとき、彼女がアメリカ英語を最高到達地点として設定していることを暗に示している。
世界は7ヶ月前に、世界保健機構の事務局長テドロス・アダノムの会見を生放送で見ていた。
彼は世界に向けて、「Covid-19」と呼ばれるウィルスが引き起こした世界の状況評価を「パンデミック」であると宣言した。コロナはパンデミックなのだとみんなが知った。
彼はアフリカ北東部のエリトリアに生まれ、幼い頃にマラリアによって深刻な病気を経験したらしい。ぼくはこれを今さっきこの文章を書きながらWikipediaで調べて知ったので、間違っているかもしれない。世界保健機構からのアナウンスを見たぼくにはそれが学校のリスニングの授業や昔のハリウッド映画で見てきた英語の発音と違うということ以外はわからなかった。
マイノリティがどうとかいう問題以前に、
アメリカ英語の発音が、世界的な最高到達地点であるという状況はもうとっくの昔に終わっている。世界的なニュースを見ればいつでもそれを確かめることができるし、それが例えば「WHO」という、いかにも権威的な場所でさえそうなのだ。
ぼくがさっき言ったようなハリウッドだって、変わってきているだろう。アジアからカリフォルニアに移住した俳優の英語の発音を「矯正」するよりは、彼の民族性やもしくは単に性格といったアイデンティティを彼の役作りの武器にするべきだとハリウッドは理解していったのだ。
戦争や植民地政策といった悲しい過去の出来事を無視して、その国の公用語やグローバルな英語のあり方を語ることはできない。ぼくはアジアのいくつかの国での英語教育を、ぜんぶひとまとめにして肯定的に語ることはしたくない。その国のそれぞれの歴史があって、そしてそれらは必ず悲しい歴史を含んでいて、ひとまとめに語るにはあまりにも荷が重すぎる。
ちかさんが、それを、ネイティブな英語話者、まさにバイリンガールという看板を背負って語るときに、非常に差別的な構図が出来上がる。ひとつは、アジアの非常に様々な人々や歴史的状況をほとんど無視してひとまとめにして話しているということ。もうひとつは、ちかさんが日本人の英語話者としては珍しい生い立ちにあって、その状況を「完璧なアメリカ英語」という最高到達地点の実践者として語っているからだ。
ちかさんが「インド英語は聞き取りづらい」というときに、それは「アメリカから見て」という前置きが抜けている。インド人にとってそれは聞き取りづらいものではないはずだからだ。しかし、そういうぼくの文章の中にも、インド英語、というものがひとつの単一のものとして存在しているかのごとく書いていることに注意しなけれないけない。
英語の発音が単一の発音ではないことは自明だけど、それは彼女が思っているようなものとは違う。彼女がいうイギリス英語は、たとえば王室で喋られるような、またBBCラジオのアナウンサーが喋るようなクイーンズ・イングリッシュ、もしくはPR英語と呼ばれるもののこと、もっと漠然と言ってもロンドンの知り合いの英語という意味でしかない。スコットランドやアイルランドやウェールズは? アメリカ文学では古くから、南部の黒人の英語を日本語に翻訳するときに「東北訛り」で訳してきたが、これはちかさんの言うアメリカ英語だろうか? 映画『トレイン・スポッティング』の英語は(アメリカ英語話者にとって)非常に聞き取りづらいということでアメリカでは字幕上映された。しかしこれはもちろん「イギリス英語」である。やさしい読者がイギリス、という言葉の中にスコットランドも含めてくれるのであれば、の話だが。
ちかさんはきっとそんなことが言いたいのではなくて、
単に英語学習の方法を伝えてるだけですから!
(読者からのぼくへの反論)
この反論にぼくは何も返せない。
はい、そうでしょう。
きっとちかさんは差別主義者であるどころか、差別なんて大大大大反対のはずだから。
ぼくは別にちかさんのチャンネル登録者数が多いので
「インフルエンサーなのだから、しっかりせい」
と言っているわけではない。
有名人だから、とか、もしくは
「公共の電波を使って〜」うんぬん、
そういうことではなくて、
言説というのは、
小さな思い込みの集合体なので、
それが英語学習についての話や、
ただの世間話だって、
あまり関係ない。
そして、そういう言説を見つける限り、
何らかの指摘を受けるものだ。
それが動画の中であれ、テレビであれ、喫茶店での会話であれ。
バイリンガールちかさんの英語のお話は、
世界中には「いろんな英語の発音がある」としながらも、それを「アメリカ英語」「イギリス英語」「アジア英語」という非常にざっくばらんな表現で説明しており、それは彼女の意図とは逆に、多様性を捨て去っている。
自由にやりなさい、自由にやりなさい、ということで非常に不自由に感じる、ということと似ていて、
言葉というのは無意識にバチン! と矛盾する時がある。
こういう逆転現象は、
大昔にエドワード・サイードという人が『オリエンタリズム』という本の中で説明したことで、ぼくはそれにとても感銘を受けた。いつか自分のYouTubeチャンネルでもこの本の話をしようと思う。
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