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2012/03/13

名シーンメモ

ちょっと長いけど、忘れない内に書いとこう。自分用に。
トマス•ピンチョン「重力の虹」(国書刊行会)より抜粋。









ケクレが夢で見たのは、自分の尾を口にくわえた〈巨大な蛇〉で、〈世界〉をぐるりと取り囲み、夢を見ている〈蛇〉だった。しかし、この夢は卑劣さと冷笑をもって利用されることになる。「〈世界〉は閉じたもので、循環し、共鳴し、永遠に回帰している」と告げる〈蛇〉は、〈循環〉を乱すことを唯一の目的とする(システム〉の中に受け渡されることになる。この〈システム〉は、〈生産性〉と〈利益〉は時とともに増加し続けると主張し、手に入れるだけで与えようとはせず、ほんの一握りの必死になっている輩が利益を得るように〈世界〉から厖大な量のエネルギーを奪ってゆく。人類の大半だけでなくーー〈世界〉の大半、動物、野菜、鉱物のその過程において浪費されてしまう。〈システム〉はそれをわかっているかもしれないし、わかってないかもしれないが、〈システム〉は時間を買っているだけなのだ。それに、時間はそもそも人工的資源であり、〈システム〉以外の誰にも、何に対しても価値がない。〈システム〉は遅かれ早かれ、そのエネルギー中毒に(世界〉からの供給が追いつかなくなったとき、生命の鎖でつながれた罪のない者を引きずりながら崩壊するに違いない。〈システム〉内で生きることは、自殺マニアの運転するバスに乗って国を横断するようなものだ……もっともその運転手は愛想がよく、拡声器で抱腹絶倒のジョークをとばし続ける。「みなさん、おはよう、次はハイデルベルグです。古い歌の一節をしっていますね。『ハイデルベルグで愛をなくし』です。私の友人はそこで両方の耳をなくしました!誤解しないでください、そこは本当に素敵な町です。人は暖かで素晴らしいーー決闘をしてなければね。まじめな話、とても良くもてなしてもらえます。町に入る鍵をくれるだけじゃなく、酒樽のくちあけをさせてくれます」等など。田舎をバスが行き、明るさが変わり続けーー城、岩山、いろいろな色や形の月が見えては消えてゆく。理由は告げられないま、朝の妙な時間に停車する。手足を伸ばしに外へ出る。ライムライトに照らされた中庭には、夜の暗がりの中その匂いが感じられる巨大なユーカリの樹々の下で、老人たちがテーブルを囲んで座り、手垢でベタつき、すりきれた古いカードを切り、チラチラ震える光の中で〈剣〉や〈杯〉 、大切礼を投げだしている。その背後では、バスが空ぶかしをしながら待っているーーいま乗客たちは再び座席につくだろう。どんなにここに留まりゲームを学び、この静かなテーブルで歳をとりたいと思っても、それは無駄なこと。アイロンのかかった制服を着た運転手が、バスのドアのところで待っている。〈夜の王〉たる運転手が、乗客の切符や身分証明書、旅行証を調べていて、今夜支配をふるうのは会社の指揮棒であり……運転手がうなずいて通してくれるとき、その顔、狂気の熱狂的な目がちらりと見え、そのとき、ほんのわずかな鼓動の内に思い出す、この旅が最後には乗客をパニックに陥れ、体面をわすれさせたまま流血の惨事を迎えるだろうということをーーだが、その間にも旅は続く……座席の上の、広告があるはずのところに、広告の代わりにリルケから引用した一節、「一度、ただ一度だけ……」がある。〈かれら〉の好きなスローガンの一つ。後戻りすることも、救済も、〈循環〉もないーーだが、それは、〈蛇〉に込めた意味ではない。違う。〈蛇〉が意味するのはーーこれだとどうだろうーーベンゼンの六つの炭素原子が実際は渦巻いて閉じた環になっているということだ。ちょうど、自分の尾を口にくわえたあの蛇のように。おわかりかな?










まさかこれを携帯で書いたと思わないでしょ

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