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2017/02/15

カレー屋のエベレスタンティズム、ウンコの思い出


年始に、macaroomのメンバーと、台湾出身の音楽マネジメントの王さんと4人でカレー屋に行った。
macaroomの台湾進出を目論む大事な会議が開かれようとしていたからだ。


写真はカレー屋のがなかったので別の日の中華にいったときのやつ。


その頃、ぼくは年末年始をまたいでルイ=フェルディナン・セリーヌの『なしくずしの死』を読んでいたせいで、ウンコに取り憑かれていた。この分厚い上下巻の小説にやたらとウンコがたくさん出てくるせいだ。
初夢はウンコを撒き散らす夢だったし、1月だけでも4回もウンコを漏らす夢を見てしまった。
そして、ぼく、emaru、ボブ、王さんの4人でカレー屋に行った際も、
「カレーもウンコみたいなものですから」とわけのわからないことを朦朧としながらつぶやいて全員から引かれていた。
しかしとにかくそこのカレーはおいしかった。

その時に、カレー屋の壁に掛けてある写真に目を奪われた。
エベレストのパノラマ写真だった。
ぼくはよく行くカレー屋で、それと全く同じ写真を見たことがあったのだ。
しかし、ぼくがよく行くカレー屋とその店は店名も違ったし場所も全く違う。系列店とは思えなかった。
それを言うと、emaruも、ボブも、確かに別のカレー屋でこの写真を見たことがあるというのだ。台湾から来た王さんはあまりピンときていなかった。
ボブは「日本でカレー屋を始めると、カレー協同組合みたいなのからこの写真を送りつけられてくるのかね」とか言っていた。
店員を呼び出してきいてみるが、日本語がクソミソに通じず、解決しなかった。


年始のカレー屋での疑問は、なんとなくぼくの心に残っていたのだが、
昨日ふと、その答えが見つかった。

それは、インドカレー屋の店員は結構ネパール人が多い、ということだった。

年始にいったカレー屋の店員も、ネパール人だといっていたし、ぼくがよく行くカレー屋の人もネパール人だった。

そして、ネパールでは、海外留学生の50パーセントがオーストラリアか日本で、すぐとなりのインドへ留学する人はたった7パーセントしかいない、というのだ。
インドとネパールは関係が深いが、そのぶん仲も悪かったりする。日本と韓国のようなものだ。
そしてネパールは結構貧乏で、インドや中国からの輸入に頼り切って国民の生活を支えている。

さて、インドカレー。
カレーといえばインド。それは中村屋のころから変わらず、ずっとそうだ。
カレーはインドの料理なのだ。
カレー屋で働く少し肌の黒いアジア人は、インド人にちがいない。
カレーのルーを発売して、何かキャラクターを書こうと思ったら、インド人をイメージして、ターバンでも巻かせたりする。

しかし、実際には違う。
結構、ネパール人が多かったりする。

しかしものごとはブランドイメージだ。
ネパールカレーなんていうより、インドカレーという方が手っ取り早い。
こりゃ妥協だ。
しかしそれはネパール人にとって屈辱でもある。

だから、エベレストの写真を飾るのだ。
エベレストは世界で最も有名な山。
知らない人なんていない。
誰だって知っている。

しかし、エベレストはどこにあるのか??
ネパールだ。
ネパール人は考えた。これを飾っていれば、この店がネパール的なアイデンティティーを持っているということが誰の目にもわかると。
つまり、アメリカで料理屋を営む日本人が、富士山の浮世絵を飾ったり、
日本でバーを経営するアメリカ人が自由の女神の写真を飾ったり、
そうすると、確実に「あ、日本人の経営者だな」とか「アメリカンスタイルの店だな」とかわかるわけだ。

しかしネパールの場合はそうはいかない!
我々日本人は、圧倒的にあの辺のごちゃごちゃした地域のことを知らないのだ!
というか、全体的にあの辺をインドだと思っている!
ネパールだけじゃない、パキスタンや、バングラデシュもだ。


このことに気づいたとき、ぼくは深く反省した。
なぜあの時、エベレストの写真を見て気づかなかったのだろう。
ウンコのことしか考えていなかったのだ。

以前、別のインドカレー屋の人に、
「インド人ですか?」ときいたことがある。
すると、「バングラデシュ出身」だとこたえがかえってきた。
「インドにはいったことある?」ときくと、
苦い顔をして、
「ない」といったあとで、
「インド、あまり好きじゃない」とつけくわえた。

ぼくは、確かに、スコットランドやイングランドやウェールズや北部アイルランドらを総称して「イギリス」ということには抵抗があるし、なるべく「スコットランド人」や「イングランド人」と呼ぶように心がけてきた。
だって、北朝鮮と韓国が戦争している真っ最中に彼らを「朝鮮人」とまとめるのは失礼かもしれないし、
それはアイヌの人を「日本人」といいきってしまうようなものだから。

しかし、インド周辺に対しては理解が足りなかった。

というわけで、たとえ「インドカレー」を自称している店であっても、必ずしもインドアイデンティティーにどっぷり満足している店だとは限らない、ということだ。
もちろん「ネパール料理」や「バングラデシュ料理」を自称している店もあるが、そればかりじゃない。
「インドカレー」とかいてあるにもかかわらず、ネパールアイデンティティーを持ちながら、日本人の「あの辺一帯インドよね」的な視線に耐え抜きながら、ささやかにエベレストの写真を飾ってリトル自己主張をしている店もある、ということだ。
これは、貧乏で、あまり世界に胸を張って自慢できるものがないネパールが、
完全に自信を持ってイントロデュースできるものがエベレストだということだ。
これを「カレー屋におけるエベレスト運動(エベレスタンティズム)」と呼ぶことにした。
「エベレスト精神」は言い換えれば「プロテスト運動」ともいえるし、「ナショナリズム運動」ともいえるし、「反グローバリズム」ともいえるし、「ああ! 外人=西洋人と思っている日本人よ!」の嘆きともいえる。

中村屋にインドカレーを伝えたのがインドの革命家だったという逸話を考えても、
やっぱり民族と料理というのはわりと大事なことなんだろう。

ともあれ、「モモ」という肉まんのような料理がある。
これはネパールの料理(もとはチベット)らしいので、
これがメニューにあったら「おや? エベレスト運動家の店かな?」と思ってみると良い。
壁にエベレストの写真が飾ってあったら確実だ。
店員に「ネパールのどこから来られたんですか?」ときいてみることをおすすめする。
店員は「カトマンズ出身です」とこたえながら「革命は近い」と感じることだろう。

セリーヌ『なしくずしの死』


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