メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』を読んだ。怪物を創造する、有名なあれだ。
恥ずかしながら、この作品(というか怪物)について勘違いしていた点がいくつかあった。
一つ目は、怪物についてである。
ちなみにいうと、世間一般で最も勘違いされやすいのが「フランケンシュタイン」というのが怪物ではなく博士の名前だというところなのだが、その最低限の教養については賢いぼくはギリギリクリアしていた。(フランケンシュタインが怪物の名前だと思っていた可哀想なあなたは今すぐ地元の墓参りでもしたい気持ちだろう)
まず最初の驚きは、怪物がめっちゃ喋る、ということである。とにかくめっちゃ喋るし、しゃべりすぎて途中から一人称が怪物目線になってかなり長い間進行する。
二つ目は、怪物がかなり冷静だということ。それにくらべ、フランケンシュタイン博士の方はかなり血眼になり興奮しまくり見境つかないし焦りまくる。そんな失神寸前なヒステリーなフランケンシュタイン博士に対して怪物が「落ち着け!」という場面は拍手喝采。
三つ目は、怪物がとても教養ある人物だということ。ゲーテとか読んでるし、ミルトンの『失楽園』とか読んでいる。ぼくも最近読んだミルトンだが、怪物は生後数ヶ月で読んでいるという天才ぶり。『失楽園』から圧倒的影響をうけた怪物は、アダムと自分を重ね合わせ、創造主であるフランケンシュタイン博士に、もう一体の怪物、つまりイヴを作るように迫るのだ。(しかし気の狂ったフランケンシュタインはよくわからん理論でこれを断固として断る)
メアリー・シェリーという名前はもはや誰も知らないが、彼女が生み出した『フランケンシュタイン』という作品は知らない人はいないだろう。そして旦那である詩人シェリーの名前は、メアリーよりは知っている人はいるだろう。『ローマの休日』でオードリー・ヘプバーンとグレゴリー・ペックが、彼女のお気に入りの詩がシェリーかキーツか言い合う嘘くさい場面がある。イギリスのロマン派を代表し、英詩上最も有名なシェリーとキーツ、それからバイロンがいる。シェリーは海難事故で29歳で死に、キーツは25歳で病死、バイロンは36歳で病死した。
メアリーの父は無政府主義の祖といわれ、母はフェミニストの祖といわれ、そしてメアリー自身は『フランケンシュタイン』によりSFの祖といわれる。
メアリーについて語るとき、私たちはメアリー以外について語るのだ。
そしてユニバーサルにより映画化された『フランケンシュタイン』は世界初のホラー映画といわれている。
映画の影響により早々に、フランケンシュタインというただの博士(学生)の名前が怪物の名前だと勘違いされ、ゲーテやミルトンを読む頭の良い「怪物」は「うああああ」と呻くようなノロマな怪物だと勘違いされた。
実際、『フランケンシュタイン』はもうメアリーの手にはおえないほどの怪物に成長してしまった。メアリーこそ不遇の天才フランケンシュタイン博士であったのだ。
『フランケンシュタイン』には副題がついている。
『フランケンシュタイン または現代のプロメテウス』(FRANKENSTEIN ; OR THE MODERN PROMETHEUS.)
プロメテウスは、ギリシア及び古代ローマの神話によってごちゃごちゃに語られるが、ようするに、
ゼウスに逆らい地球に火をもたらした人物のことである。
人類はその火によって救われ、凍え死なずにすんだ。
しかしその火によって、人類は武器を作り出し、戦争になった。
プロメテウスはゼウスに罰せられる。「ほらいわんこっちゃない」と。
人類には「手に負えないものを発明してしまった」という強迫観念が昔からあるのだ。
手に負えない発明によって人類はしっぺ返しをくらう、というのだ。
アイザック・アシモフのロボット三原則は、フランケンシュタインの恐怖によって考え出されたと本人が語っている。
ホーキング博士は、AI兵器について、人間による有効な制限を遥かに凌駕するとして警鐘を鳴らしている。彼に賛同しているのはノーム・チョムスキーやスティーブ・ウォズニャックなど。
映画『ターミネーター』は、それがいかにバカらしい発想による娯楽大作かを考えても、妙なリアリティがあった。
戦後しばらくしてアメリカでは『原子怪獣』が暴れまわり、我が国では『ゴジラ』が登場した。
『イングロリアル・バスターズ』『ジャンゴ』など、歴史的な恨みをフィクションにおいて爽快に晴らしてきたクウェンティン・タランティーノに、映画ライターの高橋ヨシキが「次回作はアメリカに原爆を落とし返すってのはどうですか」ときくと、「それはもうゴジラがやってるしなあ」とこたえていた。
タランティーノは描かなかったが、リチャード・パワーズは『囚人のジレンマ』でこれを大真面目にやったし、トマス・ピンチョンは『重力の虹』でこれをV2ロケットに置き換えた。
特に西洋に根ざすこうした恐怖は、よく「フランケンシュタイン症候群」と呼ばれるが、もとをただせば、『フランケンシュタイン』は「プロメテウス症候群」である。
最初に人類に火をもたらしたプロメテウスと、その後火によって争い、自滅する人類というテーマは、最初は爆薬、次に核兵器、そしてAI兵器へと形を変えて我々の前に登場してきた。面白いことに、国際人工知能会議において公開されたホーキング博士らの書簡でも、「火薬、核兵器、AI兵器」の順番に人類を変える発明だと指摘されている。
ところで、
拝火教という宗教がある。ゾロアスター教という呼び方の方が馴染み深い。ぼくは、中学生のときにクイーンという英国のバンドが大好きだったから、その時にこの宗教の存在を知った。ボーカルのフレディー・マーキュリーの家系がそうだったからだ。
拝火教は、最も古い一神教だといわれ、善悪二元論的世界観はその後ユダヤ教に大きく影響を与えたといわれている。そしてキリスト教、イスラム教へと系譜は連なっていく。
開祖ゾロアスターはドイツ読みするとツァラトゥストラで、これをモチーフにしたニーチェの半小説半哲学書、そして『2001年宇宙の旅』でもおなじみの(そしてちょっと前では野獣ボブ・サップの爽快な入場曲としてもおなじみの)リヒャルト・シュトラウスの曲は大変有名だ。『2001年宇宙の旅』では人類への高次元の(プロメテウス的な)関与を象徴する人工物モノリスとともに楽曲が使用される。
拝火教は現在のアフガニスタン北部で生まれたといわれているが、読んで字の如し、火を神と崇める。
なぜ火を崇めるようになったかというと、それは石油があるからである。
ゾロアスター教は、拝火教と呼ばれるぐらい火を神聖視している。古き時代のイラン人が、今は油田地帯となっているカスピ海沿岸で比較的浅い地層の油田から漏洩する天然ガスに自然発火した火を崇めたことがあったようだが、エネルギーと宗教、この二つは中東地域が背負っている歴史的な宿業と言えるかもしれない。(中略)中東での石油の存在は古くから知られていた。紀元前3000年ごろ、メソポタミアでは、地面の割れ目から浸みだしていた天然アスファルトが、建造物の接着、ミイラの防腐、水路の防水などに使われていたというし、紀元前1 世紀ごろの記録では、止血のため石油を傷口に塗ったり、発熱を抑える薬として用いられていたともいう。「アゼルバイジャンは石油櫓が村の数より多い」といわれる現代でも、バクー周辺 では地下の油田から吹き出す天然ガスが燃えているところが見られる。(河野孝『イラクの現状は石油の呪い!?』より)
かくして火を手に入れた人類。その後どうなったか。これについては書くことも野暮だが、石油の「正しい使い方」を知った先進国による石油強奪戦争が繰り広げられることになった。
『2001年宇宙の旅』と(原作としても映画版としても)双璧をなすSF作品『ソラリス』に登場する宇宙ステーションの名前は『プロメテウス』である。一方の『2001年』では同じくギリシャ神話のオデュッセイアからの命名なので、みな考えることは大体同じだ。『ソラリス』は特にスタニスワフ・レムの原作では、人類至上主義的なものへの批判がどぎつく、この作品を一言で簡単にいってしまえば、「人類が考えることなどクソの役にもたたない」という感じだ。
というわけで最初に戻るが、今回のテーマは、「メアリー・シェリーについて語るとき、我々はメアリー・シェリー以外について語る」ということだ。村上春樹なら『メアリー・シェリーについて語るときに僕らの語ること』というだろうか。
月並みだが、
「ダイナマイトを発明した人の名を冠してノーベル平和賞などというのはどうも偽善っぽい」
ということをいえば、なんて使いまわされた古い考えだと一笑されるだろう。
おい、どこの国がダイナマイトを兵器として使用しているんだ、と。
それでも違和感は拭えないだろう。
311の直後に、確か当時の都知事がだったおもうが、これを人類への罰というふうにいった人がいる。確かに、この発言は不適切だし、迅速な対策が必要なときに全く意味をなさないものだろう。
しかしこうした発想は理系的合理主義的な解決が不可能な恐怖、予言的な恐怖から出るものである。
メアリー・シェリーはこれを、避暑地であるスイス(だったと思う)で、考えに考えて思いついた。めちゃくちゃ考えたということを本人が語っているし、めちゃくちゃ考えたということを旦那のシェリーも語っている。たぶん、めちゃくちゃ考えたんだろう。
末筆ながら、ノーベルも、フランケンシュタインと同じように、しっぺ返しをくらっている。
彼は生きているうちに死んだのだ。
彼は生きているうちに、新聞社の勘違いから死亡記事が出てしまった。実際に亡くなったのは兄弟だったらしいのだが。
その新聞を読んだノーベルは驚愕し、そこに書かれてある「死の商人」という言葉に絶句する。
はてさてそうした結果、罪滅ぼしなのかなんなのか、彼の有名な遺言が書かれることとなったのだ。
同じようなことが、核兵器においてはレオン・シラードとアインシュタインの大統領へあてた書簡にもある。
そしてAI兵器については今のところきかないが、やっぱり『ターミネーター2』でもサイバーダイン社の技術者の苦しみが描かれている。
やっぱりメアリー・シェリーについてほとんど触れない記事になってしまったが、気になられた方はぜひご一読くださいませ。
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