無個性なビニール傘。安価で、壊れやすく、メーカーごとの区別もほとんどない。
匿名性……(安部公房ならきっとこう言っただろう)……誰のものでもないということは、同時に誰のものでもあり得ると。
傘の歌と言えば、井上陽水の『傘がない』……傘の問題とはつまり、所有の問題なのだ。(よく、記憶の偏りを指摘するための例として、肝心なときに傘がない、もしくは雨が降って傘を買うと雨がやむ、というものがある)
傘は年間一億以上の売上があり、95%が中国からの輸入品であり、7割がビニール傘らしい。
平成二十五年度の警視庁の遺失物取扱状況
によると、拾得物の第二位が傘だった。第一位は衣類。
しかし第一位の衣類は、遺失届が拾得の10%程度であるのに対して、傘は1%程度であった。
実際、取りにきた人は1%に満たなかったらしい。例えば第三位の証明書類は、拾得よりも遺失届の方が多かった。
つまり、傘は衣類に次いで最も忘れられ、最も誰も取りにこないものなのだ。
文化的にも、置き傘という言葉があるし、置き傘が化けたとされる「から傘お化け」という妖怪も知られている。傘がなくなり、なくなったこと自体どうでも良いと思うことは、もはや伝統なのである。
傘は置き忘れることも多いが、パクられることも多い。
もちろんこれは窃盗罪である。法律では10年以下の懲役または50万円以下の罰金。
しかし弁護士の東山俊によると、傘の窃盗は被害届を出しても証明が困難であり、かりに証明ができたとしても、被害額が少ないので逮捕する事も罰する事もないという。
気象情報会社ウェザーニューズの08年の調査によると、4割の人が家に3本以上のビニール傘があるという。
忘れられた傘は、処分される。
ビニール傘は分解が困難なため、土に埋め立てられる。
年間数千万本が埋め立てられているらしい。
最初の年間のビニール傘の売上に戻ると、年間数千万円の売上があることになる。
一本が何円の売上なのかはわからないが、年間数千万本が埋め立てられていることを考えると、驚異的であり、おそらく売上「本数」を超えているだろうと推測できる。
傘は最も忘れられ、最も処分され、パクったところで罰せられない。放っておけばお化けになる。
ぼくの見解としては、ビニール傘は、個人が所有できるものではない、というところ。
ビニール傘は、急に雨が降り出して、尚かつ近くにコンビニがなかったり、金銭的に困難な状況のときには、多いにパクって良いし、パクられても文句をいうべきではない、というのがぼくの意見。
傘はシェアするものだ、というのは「相合傘」という日本語にも現れている。
相合傘は、相思相愛の二人を表す言葉である。
互いを思い合う二人なら、その傘がどちらの所有物かなど関係はないし、一つあれば十分。
みんなよく、無個性なビニール傘がパクられるということを知っていて、パクられないように工夫しているひともいる。パクられないためのアイデアをまとめているサイトもみたことがある。
でも、みんなパクられたという経験は話にするけど、パクった経験については話したがらない。
傘をパクった経験くらい、みんなあるでしょう?
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