ぼくはもはや口論というものを恐れなくなった。もしかしたら勘違いしている人もいるかもしれないが、口論というのは、口論それ自体の強さ弱さだけで決着がつくスポーツだ。口論の勝ち負けに、議題に関わる分野への知識の深さはもちろん、どちらが悪いかやどちらが立場が上かなど関係ない。法律などもっての他だ。どんな状況においても、口論に勝利する方法はある。そういう意味で、口論は紳士的なスポーツだ。
ぼくは高校生のころによく、先生と口論になった。ぼくはいかにふざけて学校生活を送るかばかりを考えていたから、教師という弊害は大きな摩擦であった。毎年命日に墓参りをするほど高杉晋作に憧れていたから、おもしろきこともなき世をおもしろくすることを常に考えていた。しかし学校の先生と口論になるときに、必ず関わってくる問題があった。それは校則違反、法律違反、であった。教師はその学校の校則をよく知っているが、ぼくはほとんど知らない。教師は法律を(まあ常識的には)知っていた(ように見える)がぼくはほとんどしらない。口論の時に教師から校則や法律のことを持ち出されては、もはやぼくに勝ち目はないように思えた。
そこでぼくはまず、校則をじっくり読み込むことにした。生徒手帳を読破することは、六法全書を読み込むよりは簡単に思えたからだ。ぼくは、ぼくの金髪に染めた美しい長い髪が、果たして校則違反なのかを調べ始めた。そしてすぐにぼくの金髪は校則違反ではないことがわかった。
しかし問題は山積みであった。ひとつの問題を解決するために、またひとつ、またひとつと問題が出てきて、それらがすべて校則違反、法律違反でないかを調べなければならなかった。それは日々更新されてゆく問題なので、とてもいちいち生徒手帳や六法全書を読み込んでいるのではスピードが追いつかなかった。
そもそもほとんどの人は、日常生活において法律違反とそうでないものとの区別を法学的に説明できるわけがないのだ。もしできる人がいたら、それはもう法学者だろう。
そこでぼくは父親に相談をした。教師と毎日口論をしているが、うまく勝つ方法はないか、と。そのころのぼくは、文字通り毎日、生徒指導室に呼び出されていたのだ。
父親は、すぐさま適切なアドバイスをぼくにくれた。何を隠そう、父親も学校の教師であった。
父親がぼくにしてくれたアドバイスは、まず、教師はだいたい馬鹿だ、ということだった。それはぼくも薄々は感づいていた。そして父親はぼくに具体的な口論のテクニックを教えてくれた。それは「オウム返し」というものだった。この技は簡単で、相手が言ったことを反復するというだけであった。
「それは校則違反だ」と言われたら
「これは校則違反なんですね?」と言えばいい。
これは議論により正確さを期待して相手にプレッシャーを与えるという効果がある。人はすべての言葉に責任を持って論理的に正確なことだけを言っているわけではないので、聞き返されると不安になるのだ。
ぼくはこの単純な方法をひとまず実践してみた。
効果は思った以上で、ほとんどの口論において負けたと感じることは少なくなった。
口論に勝利するようになってから、ぼくは完全に勘違いしていたことを悟った。
それは、口論の勝敗は決して知識量に左右されない、ということだった。
では口論において必要なことは何なのか。
ぼくはそれを究めるために高校三年間修行をした。
口論において必要なことは、たったひとつだ。相手の(極小の)ツボを優しく刺激してあげるだけでいい。それもほんの一突きだ。
その極小のツボというものを、ぼくたちは《オカマ》と呼んでいる。ここでオカマの説明をするのは大変なので、簡単にいえば、相手の「ごまかし」や「コンプレックス」だと思ってもらうとわかりやすいだろう。
ぼくが高校生のときに父親から教わった「オウム返し」は、誰でもできる簡単な方法だが、あなどってはいけない。口論はオウム返しに始まり、オウム返しに終わる。修練をつめばつむほど、オウム返しの奥の深さがわかってくる。すべての口論はオウム返しの応用に過ぎない。
口論に確実に勝利する方法は、単純だ。
まず、相手の発言にオカマが現れるのをじっくり待つ。チーターのように執念深く。重要なのは、決して感情的にならないことだ。感情の起伏はオカマを呼び寄せる。
そして、一突き。
突く方法はもうみなさんご存知だろう。そう、「オウム返し」だ。
オウム返しの応用、そしてオカマについての説明は今は省くが、とりあえずこれだけ頭の中にいれておいてもらいたい。
あなたも、確実に口論に勝つことができる。知識量では太刀打ちできない上司や先輩、商品のクレームや商談、スピード違反で捕まったときや浮気がばれたとき……あらゆる場面であなたは相手をけちょんけちょんにし、心をへし折り、夢も希望も奪い去り、辱め、羞恥心と劣等感と絶望で苦しめあげた挙句、再起不能にさせることができるのだ。
今日からあなたは口論のヒクソン・グレイシーだ。言葉の李書文だ。べしゃりの羽生さんだ!
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木石岳(キイシ・ガク)
ハーバード大学、イエール大学、カーネギーメロン大学など数々の名門校を未受験。世界中の起業に口論をふっかけて渡り歩くことから「面倒な男」の異名がある。2012年にニューヨーク・タイムズが選ぶ『マン・オブ・ザ・イヤー』において一位に選ばれた唯一の日本人の名誉を惜しくも逃す。日本のみならず世界からいまだその名は知られていない。
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