2017年のはじめにメキシコで刊行されて以来、21世紀最大の奇書の呼び声高く、各界の話題をかっさらっている本書だが、なんといっても長い。スペイン語の原文にして1000ページを越す長さであり、翻訳版では全8巻という長大な作品だ。というのも、この長さにはわけがある。それについては後述するとして、内容だ。
ぼくは全8巻を読み終わった今でも、果たしてこの本が化学の本なのか文学の本なのか、分けることができない。奇書といわれる最大の所以はそこなのだろうけど、この本は大きく分けて、前半と後半にわかれている。前半はいわゆる化学の話。
二重螺旋構造というのは、ワトソンとクリックが発見したDNAの立体構造。DNAの核酸では、ヌクレオチドの一部をなす有機塩基類の種類によって配列としてみることができる。シークエンスと呼ばれるそれらの配列は、いわば生物の最小の言語とみることができる。塩基配列の読み取りは非常に大変で、学者ひとりが一朝一夕でできるようなレベルではないのだけど、本書の著者、アーサー・リヴァインはこのシークエンスをドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』で解読しようとするのだ。
もっと簡単にいうと、ドストエフスキーは、DNAの言語によって小説を書いていた、と主張しているのだ。
もちろん、ドストエフスキーが生きていた時代には、塩基配列はおろかDNAの存在さえまったく知られていなかった。しかしそれでも、ドストエフスキーはこの塩基配列によって歴史上の大傑作とされる長編小説を生み出したのだ。
しかも、これが不思議なのは、ドストエフスキーが用いたものは人間のゲノムではなく、プレイリードッグのゲノムだというのだ。
わかりやすくしっかり書くと、
「ドストエフスキーは小説『カラマーゾフの兄弟』を、プレイリードッグのゲノム言語によって書いた」
いや、そうではない、もっと正確に書くと、
「ドストエフスキーが書いた小説『カラマーゾフの兄弟』は、たいへん不思議なことにプレイリードッグのゲノムと完全に一致する」
ということだ。
アーサー・リヴァインは複数のゲノムプロジェクトに参加していた化学者で、メキシコの公的機関のチームにおいてプレイリードッグのゲノム解析を完了した。リヴァインはプロジェクトの進行途中から、これがあきらかにドストエフスキーの言語と酷似していることに気づいていたらしい。本の中盤からは詳細な比較分析が続くので、化学にうといぼくにはひたすらめまぐるしく、プレイリードッグという可愛い動物と、ドストエフスキーという世界文学史上最大の作家の作品が、あれよこれよという間に、丸裸にされていくさまを眺めているしかない。
このトンデモ本は、刊行以来1年半以上が経過した今でも、化学界、文学界双方から莫大な意見書が送られ続けているらしいが、今のところ著者の主張を完全に論破したケースはないらしい。
さて、本書最大の謎である、この長さ。この長さにはわけがある。それは、この本の後半(邦訳でいうと後半の4巻)は、まるごと遺伝子の複製プロジェクトがはじまるのだ。
つまり、こういうことだ。
ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』は、彼の遺作であり、未完の作品だ。前書きにはドストエフスキー自身が、この本が前半部と後半部にわかれているということを宣言している。しかし実際には前半部だけで終わるのだ。
アーサー・リヴァインは、遺伝子の複製と翻訳によって、カラマーゾフの「失われた後半」を解読しているのだ。つまり、この本の後半部は、まるごと「『カラマーゾフの兄弟』の失われた後編」が収録されているのだ。
そしてこれがやたら長いのだ。だって、カラマーゾフは前半部だけでそうとう長いんだから。
これは文学か? 化学か?
読者は何一つわからないまま、ドストエフスキー作(だとされている)マボロシの作品を目にするのだ。
ぼくなんかは、これを読んで、「ただ単にドストエフスキーの文体を真似しただけでは?」とも思うのだが、これがなかなか面白い。というか、なんというか、傑作なのだ。著者によっぽどの文才があったのか、またはこれが化学の力なのかどうかはわからない。
本書はこれらすべての内容を、ナンセンスなフィクションとして楽しむこともできる。
しかしそれにしても長いが。
本自体がないのか...wさがしたけどありません。架空読者..
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