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2015/12/16

西野カナとおばはん


西野カナが若い女の子に支持されているのか、それともおばはんに支持されているのか判断することは難しい。これは製作者サイドも明確にターゲットを絞っていない、というかターゲットが極めて両義的な状態のままプロデュースしているのではないだろうか
ターゲットが両義的というのは、つまり「女の子/おばはん」という相反する二層は、これまでも常に揺れ動き入れ替わってきたからだ。おばはんは、若い女の子の間で流行っているものをやや遅れて知って、全力で取り入れ貪り尽くすハイエナのようなものだ。
だから、1年前は女の子的であったものが1年後にはおばはん的なものになり、そのころには企業はこれが女の子にヒットすることをリサーチ済みの上で似たようなものを提供するようになる。「LINE」が今や極めておばはん的なツールでありながら同時に若い女の子にも使われているのはそのためである。若い女の子とおばはんの消費形態の違いは、「貪り尽くす」という点だ。おばはんはコミュニケーションツールにおいてLINEが絶対的なものとして信じ、LINEを使ってない者を「ありえない」と非難し、強迫観念からスタンプをいくつか買い、ゲームもする。

西野カナも同様に、最初は若い女の子向けであったに違いない。西野カナは現在26歳で、ぼくと同学年。
彼女がすべての作詞をしているらしいので、彼女の歌詞は、若い女性の「等身大の」思いが込められているといっても嘘にはならない。しかし、若い女性が等身大の表現をするということはかなりの技術が必要で、なかなか一朝一夕でできるものではない。
結局のところ、西野カナの歌詞は、おばはんらしいものになってしまっている。しかしだからといっておばはんにしかわからない歌詞というわけではなくて、西野カナよりもずっと年下の女の子が食いついたりすることもあるから、作者のメッセージがそのまま受容されるわけではない。
おばはんという共同体の言語=エクリチュールは、今はほとんどつかわれなくなった女性語や、バブル期に流行ったカタカナの多用などわかりやすい特徴が多い。ちょうど椎名誠の昭和軽薄体の女性版のようなものだと思ってもらいたい。これは今日の音楽、映画、文学、詩にいたるまで、おばはんとは無関係に少なからず生き残っているものなので、こういうものを目にするたびにぼくは日本がいまだに言文一致が完成していないことを思うのだ。




日本が歴史的仮名遣いをやめて現代仮名遣いになって70年、明治期に推し進められた言文一致はいまだおわらない。ガウディに対して誰もが薄々感じているように、「完成しないんじゃないか」といってしまいたくもなる。
明治の新しい日本語の中には、熟語以外にも、「である」や「君」のような新たな言葉遣いが発明され、夏目漱石は前衛になることなくこれを大成させた。西洋の詩や文学を翻訳吸収する二葉亭四迷や森鴎外らの一派がいて、新体詩では正岡子規と与謝野鉄幹が短歌をはじめ、また俳句を提案した。そして俳句という定型詩の誕生は同時に自由律俳句を生み出した。面白いのは、これがたとえばバッハの長短調の確立から120年が経ってワーグナーが調性を崩壊させてシェーンベルクが無調へと解放したような時代的順序があるわけではなく、俳句の誕生と自由律俳句の誕生はほぼ同時なのだ。
ところでつい昨日、与謝野晶子の『みだれ髪』を読んだ。
青空文庫でいつでも読める。
電子書籍には慣れていないので、こう短歌程度だと丁度よく読める。長編小説はきつい。
『みだれ髪』は、「もうええやろ」とおもうくらい何度も「みだれ髪」というワードが頻出する。そうとうにみだれているということはわかるし、この歌をみた与謝野鉄幹は「相当みだれたやつがきた」と身を震わせたに違いない。相当にみだれた女、鳳晶子は髪を淫らに乱れさせながら鉄幹に擦り寄り、見事に結婚した。しかし、頻出する「みだれ髪」というワードの所以は、なにも晶子がとんでもなく乱れていただけではない。

黒髪の千すじの髪のみだれ髪 かつおもひみだれおもいみだるる

この短歌は、思うに、「髪(と心)がみだれている」の一言で言ってしまえそうなほどに内容が薄い。というか「髪」と「みだれ」って何回いうんやと誰も注意しなかったのか。この歌が、現代のポップスで当然のように使われるリフレインだということは(今では)誰にでも理解できるだろう。内容は薄いが、なんか感動するのだ。ビートルズだって、特に初期はたいしたこと言ってない。「愛してる」くらいしか内容がない。だが歌になるとあら不思議、素晴らしい歌詞になるのだ。
ポエム、もしくはリリックとして、近松門左衛門のような巧妙な(バッハ的な)ものは誰にも書けないし、書く気もおきないだろう。だが与謝野晶子のこのリフレインなら真似すれば出来そうだ。いまだに場末では「良い歌詞ってのは単純なことをいっているもんなんだよ」といったり「近頃のポップスは歌詞が単純すぎる」といってみたりとまるでまとまりがない。乱れまくっているのだ。
この後の「君死にたまふことなかれ」で大きく批判されながらも平塚雷鳥らに擁護される流れをみれば、これが彼女の「等身大の」文章であるといってそれほど差し支えないだろう。しかしそれを実現させるためには知識も技術も勇気も必要なことで、松岡正剛いわく晶子は「処女の頃から」源氏物語を読んでいたそうで、和泉式部らの暗示的な性的描写をよく吸収した上で彼女は現代史においてもっと大胆にそれを復活させたのだ。
さて、現代文学においてすら、「いやだわ」とか「そんなことないわよ」といった死せる女性語が普通に使われていることにさすがに憤慨せざるをえないだろう。文学は忘れられた芸術なのでまだ良いが、J-POP、若者の手の中にあるJ-POPですらそうなのだ。
なぜJ-POPはそれを許すのか。現在では女性語が、記号として取り扱われていることは、それを「オネエキャラ」といわれるオカマの連中が多用していることからも明白だ。
こういった語尾の違和感に聞く側は「あれ、おばはんか?」と感じるのだが、作詞者からしてみればこれはただの字数稼ぎにしかすぎないだろう。しかし作詞においていかにメロディに対応した文字を埋めていくかというときに、最も多用されるのが語尾(助詞や助動詞)もしくは語頭(接続詞など)であるのだが、とはいえ選び取ることができる言葉は無限にある。そこで口語としては死せる女性言葉を使うのか使わないのかがその作詞家のパーソナルな部分であり、それこそ「スティル」と呼ばれるパーソナルな偏りである。

結果的におばはんにも受容されることとなった西野カナ(売り上げからいえばこれほど嬉しいことはないが)。
AKBの作詞を秋元康がやっている時点で上記の弊害は国民の基準値というかハードルを大きく下げているのが現状だし、そうした古い歌詞に違和感を感じる若者もそれほど多くないだろう。
だれが作詞ができてだれが作詞ができないのか、ということを判断する基準もなければ理論も批評もない日本において、歌詞の発展は今後50年はないだろう。

2015/12/08

歴史なきニッポン文学


又吉直樹さんが芥川賞を受賞したことで文壇が多少は(ワールドカップ的一時的なものとはいえ)注目されたことは事実だ。最近では『火花』を読んだという中学生に2人も会った(そして二人とも途中で断念していた)。まず『火花』を掲載した『文學界』は80年の歴史上初めて増刷という快挙だった。芥川賞は、太宰治が受賞を直談判した時代に比べれば名誉も権威も月とスッポンになったとはいえ、かろうじて未だ小説は落語や歌舞伎ほどには伝統工芸化はしていない。かろうじて存命なようだ。危篤状態とはいえ。

ニューヨークタイムズにスティーヴ・エリクソンの批評が掲載されるなど村上春樹の人気は衰えないが、宮崎駿や村上隆と同じように、ただぽつりと奇跡的に人気が出た個人の存在が大きく、クールジャパンのようにまとめてケースごと輸出することには成功しているとは言い難い。日本にやってくる外国人も、以前ほど日本文学に魅せられたマニアの割合が多くなくなった印象。ノーベル文学賞は社会的な目論見が強く、もはや純粋な文学賞ではなくなっている。そのことは昨今ノーベル文学を受賞できないアメリカが多少ひがみも混じった形で批判している。そういった意味では芥川賞はまだまだ非常に文学的な趣があるといえる。決まってお偉い方が口にする「越境する文学」や「ポストコロニアリズム」とはあまり結びついていない印象だ。

困るのは、読まれもしないのに日本文学がナショナリズムの武器としては利用され続けているということだ。テレビでは当たり前のように『源氏物語』が「世界最古の小説」として扱われ、まるで俳句が数百年の伝統があるかのようにいわれ、明治期に言文一致が完成したかのようなことを伝える。『源氏物語』より古い物語は世界中にあるし、俳句は明治になって出来た。そして言文一致は未だ完成していない。
平安時代初期に書かれた日本最古の物語として中学生は『竹取物語』を暗記させられるが、彼らが暗記させられるのは十六世紀の終わりに書かれた写本である。当然原本は残っていない。同時に中学生は「歴史的仮名遣い」をならい、「やうやう」は「ようよう」と、「てふてふ」は「ちょうちょう」と読むことを知るが、この歴史的仮名遣いが平安時代の代物だという風に教わるのはほとんど詐欺に近い。歴史的仮名遣いが成立したのは明治に入ってからで、戦後廃止された。「てふてふ」は「てふてふ」と読むのが正しく、もっと正確に言えば、その発音は時代ごとに異なるのだ。聖徳太子の時代には「でぃえっぷでぃえっぷ」に近い発音だったともいわれる。それをはっきり理論立てて現在学校の古文の授業で習うような「歴史的仮名遣い」としてルールを統一したのは明治になってからで、江戸時代なんかは藤原定家が間違って提案した杜撰な仮名遣いを採用していた。

割と長い歴史を持つ日本の文学は、現在は日本が文化的な国だということを示してくれる証明書としてのみ機能しているようだ。ラフカディオ・ハーン、ドナルド・キーン、ロバート・キャンベルなど、外国人に(特に白人に)褒められると我々はめっぽう弱い。
川端康成は特に文学者の間では現在もなお評価が衰えることはなく、生前のガルシア=マルケスの評価やスウェーデンアカデミーの最も素晴らしい小説として現代の日本作家として唯一挙げられている。彼のノーベル文学賞受賞だって口に出すのが野暮なほど正当な気がしない。彼は日本ペンクラブの代表を辞めてからすぐ受賞したが、ペンクラブはいわばノーベル文学賞の推薦機関といったところだからだ。

日本は果たして世界に誇るだけの文学的な歴史を有しているのだろうか?
シェイクスピアは小説では最も引用される作家だが、同じ時代の最も優れた作家である近松門左衛門は引用されない。これは、日本人にとって近松の言葉が外国語とまではいわないが、ほとんど意味のわからない近世日本語であるせいだろう。
歴史家の宮脇淳子は、故岡田英弘の著書を咀嚼して、歴史とは文字と時間の記述であり、それがないインドとイスラムとアメリカには歴史がないということをいった。インドは輪廻転生の概念から時間の記述が意味をなさず、イスラムはアラーがその時その時を創りあげているのでそもそも時間に連続性がないという概念から時間の記述がなく、アメリカは稀に見ぬ契約国家なので成立前の歴史とは無関係であるという理由から歴史がない。
日本は『古事記』以来脈々と受け継がれる神=天皇の歴史があるが、これが近頃嫌なほど強調され言及されている気がする。天皇が2000年以上も続いているというデタラメをまともに信じる人はいないにせよ、1000年以上続いていることはほとんど確実だからだ。
確かに、竹田恒泰がいうように、『古事記』を西洋でいうところの聖書やギリシア神話のように、共通の神話として日本人に認識されたとしたら素晴らしいことだろう。しかし西洋で旧約聖書をヘブライ語で読む人がいないことと、『古事記』を現代日本語でよむこととは少々事情が違う。『古事記』はほとんど暗号のようなもので、我々には読解の余地などなく、ましてや日常にその文化が根ざしているとは到底思えないのだ(竹田はそうはいわないが)。『古事記』は小説として読むにはほとほとナンセンスすぎる。天皇の成り立ちなどを知る上での教養としての意義はあるにしても、思想的または芸術的に影響を受けることなどこれっぽっちもないだろう。はっきりいってつまらない物語だ。天才本居宣長が『古事記』を評価していることなど再考の素材には値しないだろう。本居宣長はつまり人生を『古事記』に捧げた。ただそれだけのことだ。

文学を教養の武器やナショナリズムとして利用することなかれ。文学を生きた芸術として身近に接していなければならない。国語の授業で受けたことや、「世界が羨むニッポン」的なことは忘れて、とにかく日本だろうがアメリカだろうがかまわず小説を読み、そして書くのだ。小説は誰だって書ける。紫式部が書けたんなら誰だって書ける。清少納言だってかけたのだから、大概の人は書けるはずだ。